未払い賃金が発生したとき会社に対してできることとは?
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平成30年7月に、松山市にある印刷業者の代表取締役が、ひとりの労働者に賃金266万円を支払わなかったとして、松山地検に書類送検されました。不払いの理由は経営不振とされていて、実際に平成30年3月末に事業活動を停止しています。
上記事例のような経営不振や倒産をはじめ、未払い賃金が発生するケースは、全国的に発生していて後を絶ちません。
もちろん労働者は、労働基準法第24条や最低賃金法第4条により、賃金の全額を受け取れる権利があります。万が一、賃金の未払いが発生した場合でも、会社(使用者)が違反している可能性が高いため、泣き寝入りするのは早計です。
ところが、未払い賃金が発生するような会社だと、単に権利を主張するだけでは、対応してくれないことがしばしばあります。経営不振や倒産した会社の場合、そもそも給料を支払うお金がないこともあり得るでしょう。
そこでこの記事で、未払い賃金が発生したときの有用な対処法を、ベリーベスト法律事務所 松山オフィスの弁護士が解説します。
1、給与が未払いになる理由
給与の未払いが発覚した場合、最初に「なぜ発生してしまったのか」理由を探してみましょう。その理由によって、取るべき対処方法が変わります。
以下に、主な理由を3つあげましたので、どれに当てはまるか、自身や会社の状況を照らし合わせてみてください。
●経営難や倒産
第1の理由が、経営難や倒産による発生です。
たとえば、売り上げの著しい減少で人件費が賄えなくなった、新規事業が頓挫して会社の資金が底を尽きたなどがあげられるでしょう。
●経営者の管理能力不足
第2の理由が、経営者の管理能力不足です。
特に経営難に陥っている様子はないのに未払いが発生している場合、経営者のいい加減な対応やずさんな給与体系が原因の可能性があります。
●意図的な未払い
第3の理由が、意図的な未払いです。経営者の身勝手な判断で、給与の支払いをしないケースがあります。
たとえば、仕事上でのミスを理由にカットする、態度が気に食わないなど一方的な理由で止める、などのケースです。
2、給与未払い該当者は知っておきたい。「未払賃金の立替払制度」とは?
給与未払いの理由が、会社の経営難や倒産の場合は、「未払賃金の立替払制度」が利用できる可能性があります。
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(1)「未払賃金の立替払制度」とは
「未払賃金の立替払制度」とは、政府が未払い賃金の一部を立て替えてくれる制度です。
労働者がこの制度を利用するためには、一定の要件を満たし、かつ決められた期間内に、独立行政法人労働者健康安全機構に請求しなければいけません。
一定の要件は、次の3つです。- 1年以上事業活動を行っていた事業主の下で働いていたが、企業倒産によって未払い賃金が発生したまま退職していること
- 退職日が、裁判所への破産手続開始などの申立日(法律上の破産)、もしくは労働基準監督署長に対する事実上の倒産の認定申請日(事実上の破産)の6か月前の日から2年目の日までであること(例:破産手続き開始などの申立日が2020年3月5日の場合、2019年9月5日~2021年9月4日が対象日)
- 未払い賃金の事実やその金額などを、破産管財人等が証明している、もしくは労働基準監督署長が確認していること
また請求可能期間は、次のように定められています。
- 裁判所へ破産手続開始などを申し立てた場合は、実際の手続き開始の決定日の翌日から2年間(例:決定日が2020年2月10日の場合、2020年2月11日~2022年2月10日)
- 労働基準監督署長に倒産の認定を申請した場合は、実際に認定された日の翌日から2年間(例:認定日が2020年4月13日の場合、2020年4月14日→2022年4月13日)
これらの条件をクリアすると、独立行政法人労働者健康安全機構が労働者に立て替え払いを行い、その後、機関が会社に立て替えた分を求償することになります。
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(2)対象となる未払い賃金
制度の対象となる未払い賃金は、定期賃金と退職手当です。
定期賃金は、退職日の6か月前の日から独立行政法人労働者健康安全機構に請求した日の前日までに、支払期日が到来したものに限ります。なお、支払期日と退職日がずれている場合、最後の月は日割り計算となります。 -
(3)立替金額
未払い賃金の立替金額は、上記で対象となった未払い賃金総額の80%です。
ただし、退職日時点での年齢によって上限があり、実際にはどちらか一方の低い金額となります。上限金額は以下のとおりです。- 退職日のときの年齢が45歳以上なら296万円
- 退職日のときの年齢が30際以上45歳未満なら176万円
- 退職日のときの年齢が30歳未満なら88万円
いずれにしても、満額もらえるわけではないことに留意してください。
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(4)請求の流れと請求するときに必要なもの
続いて立替金請求の大まかな流れと、必要なものをご紹介しましょう。
まず請求時は、未払い賃金があったことを第三者に証明してもらわなければいけません。そのため、できるかぎり、その事実を証明する資料(証拠)を集めることが重要です。
特に以下のものが、証拠として役立ちます。- 労働者名簿
- 賃金台帳
- 就業規則(給与規定や退職金規定などを含む)
- 定期賃金が振り込まれていたことがわかるもの(通帳など)
- 労働基準監督署への退職金規定の届出
- タイムカード
- 日報
もちろん、これ以外に、少しでも関わるものがあれば積極的に集めましょう。
証拠を揃えたら、企業が法律上の倒産なのか、事実上の倒産なのかを確認してください。
法律上の倒産とは、破産手続や民事再生手続などの法的手続きにおいて、倒産状態にあると認められた場合のことをいいます。一方、事実上の倒産は、法的手続きは経ていないものの、中小企業において、事業活動が停止し、再開の見込みがなく、賃金支払能力がないこと認められる場合のことです。
もし法律上の破産なら、裁判所と破産管財人等から証明書を交付してもらう必要があります。独立行政法人労働者健康安全機構のウェブサイトにある「未払賃金立替払請求書・証明書(表) 記入用」をダウンロード(もしくは愛媛県の労働基準監督署からもらう)し、必要事項を記入してもらいましょう。
証明書が交付されたら「立替払請求書」と「退職所得の受給に関する申告書・退職所得申告書」に必要事項を記入し、独立行政法人労働者健康安全機構に送付します。
事実上の倒産の場合は、愛媛県の労働基準監督署長から、事実上の倒産認定をもらわなければいけません。電子政府の総合窓口「e-Gov」から電子申請をするか、同サイトからダウンロードできる認定申請書を送りましょう。
認定通知書が届いたら、今度は労働基準監督署宛てに、同じく「e-Gov」の電子申請か確認申請書の郵送をして確認通知書を交付してもらいます。
それが終わったら、法律上の破産と同様に、「立替払請求書」と「退職所得の受給に関する申告書・退職所得申告書」を独立行政法人労働者健康安全機構に送付してください。 -
(5)制度を利用するときの主な注意点
「未払賃金の立替払制度」では、上記をはじめ、さまざまな決まりごとがあります。その中で、特に注意したいのが次のふたつです。
●未払い賃金から差し引かれる項目
もし、毎月の社宅料や会社からの物品購入代金などがある場合は、それらが差し引かれたあとに立替金の計算が行われます。
●退職所得控除
立替金は退職所得として扱われ、課税対象になりますが、「退職所得の受給に関する申告書・退職所得申告書」に記入することで控除が受けられます。また、定期賃金も退職所得として扱われるため、退職手当がなかったとしても必ず記入するようにしましょう。
3、未払い賃金を会社に求めていく流れ
会社の倒産(あるいは倒産しそうな状態)により未払い賃金が発生した場合は、「未払賃金の立替払制度」を利用するのが一般的です。
しかし、未払い賃金は、現時点でも今後においても倒産する可能性が低いとみられるのにもかかわらず、発生することがあります。主に経営者の管理能力不足、あるいは意図的なものという、ふたつのパターンです。
この場合、労働者側はどのように対処したらいいのでしょうか。以下で、基本的な流れをご説明しましょう。
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(1)証拠を集める
まずは、未払い賃金が発生している事実を示す証拠を集めます。
「未払賃金の立替払制度」で列挙した証拠などのほかに、上司とのメール、パソコンのログイン・ログアウト履歴なども有効でしょう。 -
(2)会社に交渉する
証拠を集めたら、経営者に対して、未払い賃金を支払ってくれるように交渉してみてください。
単に管理不足であれば、証拠の提示で解決することも十分にあり得ます。社長と一対一で話すのが難しい場合は、信頼できる上司に相談し、間に入ってもらうのもひとつです。
しかし、意図的な未払いの場合は、経営者がそもそも聞く耳を持ってくれないことも十分にあり得ます。
このとき重要なのは一度会社に交渉した事実を得ることです。たとえ対応してくれなかったとしても、その対応自体が有用な証拠となり、裁判を有利に進められる可能性が高くなります。
交渉するときは、会話を録音しておくとよいでしょう。
また、もし交渉がうやむやにされた場合は、内容証明郵便による請求を忘れずに行ってください。
内容証明郵便とは、いつ、誰が、誰に、どんな内容の文書を送付したのかを郵便局が証明するものです。これを用いて請求を行うことで、「請求した」「請求されていない」の水掛け論を回避できます。
利用する際は、同じ内容の文書3通と宛名を書いた封筒を用意し、郵便局の窓口に持参します。料金は、基本料金と一般書留の加算料金、内容証明の加算料金の合計です。 -
(3)第三者に相談する
会社との直接交渉がうまくいかず、内容証明郵便による請求にも応じてくれないときは、ひとりで悩まず、速やかに第三者に相談してください。
未払い賃金に関する主な相談先として、弁護士、労働基準監督署があります。
弁護士は、法的トラブルに対して、解決に役立つアドバイスをすることが可能です。また労働者に代わって相手と交渉したり、複雑な事務手続きを代行したりすることもできます。依頼するメリットは、次章で詳しくご紹介します。
労働基準監督署は、労働基準法をはじめとする労働に関する法令を守らない企業に対し、是正勧告する機関です。ただし、企業に対して必ず未払い賃金を支払わせるような強制力なく、また個別ケースの解決ではなく会社の改善を主目的とするため、状況が改善しない可能性もあります。 -
(4)未払い賃金の請求には時効がある
以上が会社に対するアプローチですが、未払い賃金の請求には時効があります。請求できる権利が消えてしまう前に、早めに行動しましょう。
具体的な時効は次のとおりです。2020年4月1日に労働基準法が一部改正された関係で、賃金支払日によってふたつに分かれます。賃金支払日 時効 例 2020年3月31日まで 2年 賃金支払日2020年3月25日
→請求権消滅日2022年3月25日時効2020年4月1日以降(※) 3年 賃金支払日2020年4月25日
→請求権消滅日2025年4月25日
4、未払い賃金トラブルに対して弁護士ができること
未払い賃金請求の交渉が難航したとき、助け舟となるのが弁護士、裁判所、労働基準監督署です。
しかし裁判所は書類の作成が難しく、労働基準監督署は必ずしも解決できるわけではないなど、それぞれ注意しなければいけないポイントがあります。
もし手間をかけずにトラブルを解決したい場合は、弁護士に依頼するのがおすすめです。
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(1)トラブル解決に有効なアドバイス
弁護士であれば、法的な観点から、トラブル解決に有効なアドバイスができます。「未払賃金の立替払制度」を利用するには何をすればいいか、どんな証拠を集めればいいかなどを具体的に説明することが可能です。
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(2)会社との直接交渉
弁護士は、労働者に代わって、会社と直接交渉ができます。請求の交渉そのものが大事とはいえ、経営者の性格や会社体質によっては気が引けてしまう方もいるでしょう。弁護士に依頼すれば、そうした精神的な負担から解放されます。
また、労働者の言葉には耳を傾けない経営者でも、弁護士が介入したことで素直に応じてくれるケースは少なくありません。 -
(3)裁判でのサポート
弁護士に依頼すれば、裁判所の制度を利用するときに必要な書類や証拠の準備を、一挙に任せることができます。また通常訴訟となった場合でも、基本的に弁護士が代わりに出廷するため、裁判所に足を運ぶ手間を減らすことができるでしょう。
5、まとめ
労働者には、すでに働いた分の賃金を受給する権利があります。未払い賃金は本来あってはならないものなので、しっかり会社に請求をしていきましょう。
ただ本記事でみてきたように自分ひとりで行う場合、会社への交渉、書類の作成、裁判となれば日程の調整など、手間と時間がかかります。
少しでも不安があれば、ぜひお気軽にベリーベスト法律事務所 松山オフィスの弁護士にご相談ください。何も手をつけていない段階でも、一からアドバイスを行い、しっかりサポートします。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています